
写真:原産地の中国で咲くノカンゾウの花(山東省済南植物園にて筆者撮影)
「我が宿の 軒にしだ草 生ひたれど 恋忘れ草 見れどいまだ生ひず (我屋戸甍子太草雖生戀忘草見未生)」
万葉集巻一2475
「おや、万葉の歌から始まったね。」
はい、暑気あふれる中、時代を1300年ほど遡ってみました。
「しだ草と忘れ草?どのようなことをお詠みになったのかしら?」
これは忘れ草が生えてほしいのに、しだ草ばかり生えてくるので困っちゃうという内容です。
「で、しだ草とか忘れ草って何のこと?」
はい、しだ草はノキシノブ、忘れ草はノカンゾウやヤブカンゾウに代表されるワスレグサの仲間です。ちなみにしだ草は「偲草」と詠われることが多く、「心惹かれた人を思い浮かべる」という意味を持っており、忘れ草はその名の通り厭なことを忘れさせてくれるものと考えられていました。したがって前出の歌の意味は、
「叶わぬ恋の相手を忘れたいのに、その人の面影が思い出されるばかりで苦しい」
って感じになるようですね。
さて、梅雨入りのころから咲き始め、今も勢い良く花を着けているのがワスレグサです。ワスレグサは、主にワスレグサ科ワスレグサ属を指す中国原産の多年草です。現代の中国名は萱草で、日本へは稲作の伝来とともに帰化したと考えられています。
「その流れはヒガンバナと同じね?」
そのとおりです。ヒガンバナ同様、日本の歴史上もっとも古く伝わった花の一つといって良いでしょうね。原産地の中国ではワスレグサは3000年前から栽培されていると言われ、紀元前11~7世紀頃に著された『詩経(しきょう)』衛風部の伯兮篇に「焉得諼草言樹之背諼草」のように諼草(=萱草(カンゾウ)=ワスレグサ)または諼の名称で登場しています。後にこれを解釈した毛萇(モウチョウ)は
「諼草令人忘憂」
(諼草は憂いを忘れさせる草)
と記し、3世紀にも西晋(セイシン)の張華(チョウカ)が著した『博物誌(はくぶつし)』に
「萱草食之令人好歓樂忘憂思故曰忘憂草」
(萱草は、これを食すれば人を歓楽させ、憂いを忘れさせるため、忘憂草と呼ばれる)
など、以降このイメージが定着し、これがそのまま日本に伝わり広がったんですね。
ワスレグサはササユリのように大きな花を着けます。1輪の花命は短く、1~2日でしぼんでしまいますが、次々と新しい花が開き、夏の間楽しめます。園芸種もたくさん作られ、いろんな場所に植えられているので、普段の散歩で見かけることも少なくありません。
これから数か月猛暑となりますが、ワスレグサを見つけたら、足を留めご観賞ください。きっと暑さを忘れさせてくれますよ~!
YouTube動画「お花の歳時記」
執筆 愛知豊明花き流通協同組合 理事長 永田 晶彦