広報とよあけ 令和4年8月1日号
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写真は筆者撮影ネザサとは聞き慣れない名前かと思いますが、上の写真からわかるように皆さんご存知のササの仲間です。一口にササと言っても多くの種類があり、葉の縁が白っぽいクマザサを除けばどの種も似通っていて一見しただけではなかなか区別ができません。愛知県内には25種類ほどが分布していますが、豊明市内に自生するのはネザサの仲間だけで、ケネザサ、コンゴウダケなど6種類が記録されています。いずれも陽当りの良い場所を好み川や池の堤防、雑木林のまわりなどあちこちで見られます。もう半世紀以上前になりますが、私が小学生だった頃、野外で遊んだ想い出のひとつに笹舟競争があります。このネザサの葉を1枚ちぎって写真のような笹舟を作り、小川に浮かべて誰の船が一番速いかを競ったものです。現在は子供だけでなくその親御さんに尋ねても笹舟を作れる人はごくわずかになってしまいました。テレビゲームの普及もありますが、小川が私たちのまわりから姿を消してしまったのが一番の原因ではないでしょうか。豊明市史(自然)執筆員浅野 守彦ネザサ~笹舟遊びの想い出~ネザサの葉で作った笹舟ひなたが好きなネザサ  立秋に咲くキョウチクトウ(ヘルメス / PIXTA)43 そろそろ暦は立秋を迎えるものの、目の前にある熱気はまだまだ収まりません。この暑さの中にも、ところどころで華麗な花を咲かせ、我々を和ませてくれる花木の一つにキョウチクトウがあります。 キョウチクトウはキョウチクトウ科キョウチクトウ属に含まれる常緑低木です。原産地はインドを中心にイランからネパールにかかる地帯で、これが宋~元の時代に中国に渡り、漢方薬に利用されるようになったと伝えられています。日本への到来は『山せん海がい庶しょ品ほん(佐さ藤とう中ちゅう陵りょう、天てん保ぽう四年刊)』巻かんの中ちゅうに「夾きょう竹ちく桃とうは明めい和わノ初はじめ琉球ヨリ来ル・・・」と説明がされていることから、この通りであれば中国に伝来後500年以上が経って、やっと日本に伝わったことになります。「へ~、中国の花は古くから日本に伝わってるのに、なぜか夾竹桃は来るのが遅かったんですね~?」そうなんです。これは私の推察ですが、日本は遣隋使、遣唐使派遣期間において、先進中国の文化を学ぶとともに、同国の植物資源も導入しました。したがって、隋、唐代中国にあった植物の多くが平安初期以前に伝わって来ました。しかし、遣唐使が廃止され、国風文化の創出に舵を切った後は植物移入の流れも止まってしまい、江戸時代まで下ってしまったのだと思います。「あらまっ!歴史学者みたいなことおっしゃるわね。」はは、失礼しました。ちょっと私見が過ぎましたね。 正徳二年刊の『和わ漢かん三さん才さい図ず会え』第九十二之末「夾けう竹ちく桃とう」の項には「夾竹桃花如桃葉如竹故名然・・・(夾竹桃の花は桃のごとし、葉は竹のごとくなり、ゆえに名は然しかり・・・)」とその名の由来が記されています。「お~、それで竹と桃ね!じゃあ夾の字は?」ウッ!そこまで聞くの(困)?・・・って、ちゃ~んと中国国文の先生に尋ねておきましたよ。「夾」は左右に物を併せ持つ姿を表す漢字だそうです。つまり竹と桃を併せ持つ花木が夾竹桃というわけですね! キョウチクトウは薬効成分を含む有用植物ですが、そのままでは強い毒となるようで、葉、茎、花どこを採っても、中毒症状を引き起こすおそれがあるので、決して口に入れてはいけません。ちなみに、キョウチクトウの名の由来と毒性については、それぞれ中国には伝説が残っています。ここでご紹介するスペースがないのが残念ですが、また機会があればお伝えしますね! それでは立秋、処暑と残暑厳しい中ですが、どうか、お花を眺めながら、安らぎのひと時をお過ごしください。                執筆 愛知豊明花き流通協同組合 理事長 永田 晶彦

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