広報とよあけ 令和4年5月1日号
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33Information   春爛漫の五月に里山を歩いていると、大きさ2㎝程の赤い虫が飛んでいるのに出会うことがあります。ベニカミキリです。シイやクリなどの花が好きなのですが、これらは木の高所に咲くことが多いためなかなか間近でじっくりとその姿を見ることができません。運よく低い所にとまっているところに出会えば、落ち着いた美しい紅色の姿にちょっとしたときめきを感じさせてくれます。 カミキリムシの仲間は幼虫が木の幹の中に穴をあけて潜りこみ、その材を食べて育ちます。餌とする植物は種類によって異なり、中にはミカンやイチジクなどの果樹を食べる害虫もいるため目の敵にしている方も多いのではないでしょうか。 その点ベニカミキリは枯れた竹を食べる粗食家です。竹は最近あまり利用されなくなってしまい、竹林中に枯れた竹が多数転がっている光景によく出会います。ベニカミキリにとっては過ごしやすい時代になったようです。掲載写真を撮影した場所もそんな竹やぶの近くでした。豊明市史(自然)執筆員          浅野 守彦  ベニカミキリ 〜竹やぶ生まれの美麗種〜ササ葉上のベニカミキリ影撮者筆初夏に咲くシャクヤク漁火画像提供:愛知豊明花き流通協同組合 節気は穀雨から立夏へ、もう皆さん夏ですよ~!初夏に咲く花にもいろいろあるけど、今回はシャクヤクについてお話させていただきましょう。「おっ、立てば芍薬、座れば牡丹・・・のシャクヤクね?」ええそうです。「芍薬って漢方薬に使われたりしてるけど、花はどんな感じですの?」はい、シャクヤクはバラと比べると植えられている場所はそんなに多くはないので、どんな花かをご存じない方もいらっしゃることでしょう。シャクヤクの花は同じボタン科のボタンと比べ、花径が一回り小さいものの、光沢があり色合いも鮮やかです。また牡丹の花1輪が2~3日で咲き終わってしまうのに対して、花命がやや長めなので、ゆっくり観賞できます。 シャクヤクは中国東北部の中山間地および中部亜高山帯を中心に、モンゴル、ロシア、朝鮮半島に自生するボタン科ボタン属の中の一種です。その歴史は古く『神農本草経(後漢以降)』の巻中に「勺薬味苦平。・・・」と登場していることから、4~5世紀には栽培が始まっていたと思われます。日本では『本草和名(延喜年間)』第八巻「草中三十七種」に生薬の名称として登場するものの、栽培の始まりははっきりしていません。江戸中期寛保三年に出版された『諸國里人談』㊇生植部「小町芍薬」の項には、出羽郡雄勝郡にある小野小町の生家の紹介の中に「・・・田畑の畔に芍薬九十九株あり、小町の植られし其種といひつたへたり・・・」とあり、これが深草少将の「百夜通い」と紐づけられています。伝説ではあるけど、平安初期の小野小町がシャクヤクを植えたとの話はとても興味深いですね。 ところでシャクヤクを含むボタン科の学名Paeoniaは、トロイの木馬の戦場で負傷したアレスのケガを治療するようゼウスに命じられ、独自に調合した薬を用いて瞬く間に直してしまった名医Paeonの名前から付けられたもの。これはヨーロッパにおいてシャクヤクの薬効効果が高いことが古くより知られていたからなのでしょうね? では最後にシャクヤクの伝説を紹介し、今回はお別れです。皆さん深く深く味わえるシャクヤクの花を探してご観賞くださいね!「牡丹と芍薬は普通の花ではなく、その昔人間界に疫病が猛威を振るった折、翡翠の女神(あるいは花の神)は、世界を救うため、女王の秘薬を盗み地上に撒いた。その結果(疫病は収まり)秘薬の一部は地上で木本の牡丹になり、他の部分は草本の芍薬になった。芍薬に『薬』という文字が使われているのはこのためである。」(传说中牡丹芍药都不是凡花种,是某年人间瘟疫,玉女或者花神为救世人盗了王母仙丹撒下人间。结果一些变成木本的牡丹,另一些变成草本的芍药,以至于芍药还带着个“药”字。)しょうやくいっしゅそのたねうへおかちふかくさのしょうしょうおののこまちかんぽうももよがよピ  ー  ニ  アひすいまそうほんもくほんペ  オ  ンほんぞうわみょうえんぎシェンノンベンツァーオジンショヤオウェイクーピンしょこくりじんだん執筆 愛知豊明花き流通協同組合 理事長 永田 晶彦

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