広報とよあけ 令和元年10月1日号
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31“とよあけ花マルシェ”とは、花の街として豊明市をPRするために花イベントや花関連商品などにより、花に親しむ暮らしをお届けするものです。毎月花情報を連載しますので、お楽しみください。とよあけ花マルシェコラムとよあけ花マルシェコラム 秋分を過ぎ秋の深まる中、淹いれたてのお茶の熱さにもありがたみを感じるこの頃です。「やっぱり熱い緑茶が一番だね~!」「ほんとほんと、ウーロン茶や紅茶も悪くないけど、日本人には緑茶よね~!」と、日本人にとって緑茶は他のお茶より格別に親近感のある存在ですが、実は中国人が一番飲んでいるお茶も緑茶です。しかも、日本人の喫茶習慣がコーヒー、紅茶等によって緑茶と同程度まで浸食されているのに対し、中国では未だにほぼお茶のみを愛飲する人が多く存在しています。「へぇ~、やっぱこれも中国か!」そうなんです。お茶を採取する木である「チャ」の学名はCamellia sinensisです。「あれ?何か前に出てこなかった?」そう、おととしの春にツバキのお話に登場したCamellia japonicaとよく似てるけど、japonica(日本由来)がsinensis(中国由来)になってますね。学術的にもチャは中国のものとして認められています。 チャは9世紀はじめに最さいちょう澄によって中国から日本へ持ち込まれ、比叡山山麓に植えられたのが始まりということで、同時代の嵯さが峨天皇もこれを飲まれたそうです。このチャが後世に残ったかは不明ですが、鎌倉時代になって栄えいさい西が修行先から持ち帰ったチャの木を根付かせ、栄西自筆の指南書『喫きっさようじょうき茶養生記』とともに国内に広まりました。余談ですが、この時栄西が修行をしたところが現在の浙せっこうしょう江省北西部にある天てんもくざん目山です。この時代この場所には緑茶を粉末にした抹モーチャー茶を飲む習慣があり、これが栄西によって日本に伝わり、日本の抹まっちゃ茶の元になったと考えられています。国宝の曜ようへんてんもく変天目に代表される「天てんもくぢゃわん目茶碗」の名はこの茶碗が天目山の寺院で使われたことから付けられたんですね。  残念ながら現代中国では抹モーチャー茶を飲む習慣が途絶えています。以前私が北京で日本の椿の展示会を行ったとき、来場者に日本の抹まっちゃ茶をたててお出ししたことがあります。北京の皆さんは一様に今まで見たことのない大きな茶碗とその中で泡立つ緑茶を神妙に眺めていましたが、日本の椿と中国のお茶の関係や日本の抹まっちゃ茶の由来について説明をして差し上げると、安心して味わっておられました。ちょっとお花の話題から遠ざかってしまいましたね。最後に中国茶の本場のお茶の花(中国語:茶チャーシューフア樹花)をご紹介し、今回はこれまで!執筆 愛知豊明花き流通協同組合 理事長 永田 晶彦写真は筆者撮影 昆虫の種数は非常に多いことから、図鑑に未掲載な種が多いだけでなく、生態が未解明な種も多いです。身近な自然にも未知の領域が数多く残されています。二〇〇三年に発行した自然を紹介する豊明市史では、その中で新種の可能性があり、名前がついていない種も紹介しています。 写真のガは専門家に見ていただいた瞬間、多分新種ですといわれたものでした。これは二〇〇一年に間米町榎山で採集された個体で、国内で通用する名前、和名がフトオビマイコガと名付けられたのは二〇〇三年、国際的に通用する名前、学名がStathmopoda pullicuneata TERADAと名付けられて新種として発表されたのは二〇一四年です。新種発表の論文には豊明市の標本も活用されています。身近な自然環境の調査でも、細やかながら自然科学の発展に貢献することができた例となりました。市史の調査では他にも新種の可能性がある昆虫が幾つか採集されており、研究成果を楽しみに待っています。豊明市史(自然)執筆員吉鶴 靖則フトオビマイコガ~未知の種に名前がつきました~生きているときは脚を広げた独特なとまり方展てんし翅標本浙江省西シーフーローンジーン湖龍井茶園のチャの花(画像提供:愛知豊明花き流通協同組合)

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